ジャンプ+春の読切連弾15連弾‼︎‼︎
『LOTUS-ロータス-』
アンギャマン
→ https://t.co/qcs0SfImZB何もない部屋で独り佇む科学者のユポ。実験中の事故により、脳以外全て機械となった彼は、この残酷で美しい世界で何を想う...。 pic.twitter.com/68LvY4OaEG
— 少年ジャンプ+ (@shonenjump_plus) 2018年4月13日
今回は、少年ジャンプ+(マンガ雑誌アプリ※WEBサイトでも公開)読切シリーズから、
アンギャマン先生の『LOTUS-ロータス-』を取り上げたい。
例の如く、プロットの構造から5ブロックまで分解し、1ブロックずつ考察していきたいと思う。
内容の深部まで踏み込むため、未見の読者諸賢は下記リンクから作品を事前に鑑賞しておいてほしい。
アンギャマン先生について
アンギャマン先生は長らく、無料のWebコミック『リアル遠足』などの旅漫画を自身のWEBサイトを中心に公開していた。
この『リアル遠足』シリーズは大阪の自宅から、交通機関などは利用せず、“己の足”のみで目的地まで踏破する事を信条とし、
宿泊施設なども利用しない為、休息はテントでの野宿、食事はアンギャマン先生が“ベジタリアン”でもあるため、野草で飢えを凌ぐといった、過酷に歩き続ける行脚の日々を“写真マンガ”として発表したもの。
その後、『河童と仙人と』をジャンプルーキーに投稿し、注目を集め、現在の担当者と運命的な出会いを果たす。
アンギャマン先生はデジタル作画の使い手としてもその地位を築いており、ジャンプ+ではフルカラーで『鬼の影』や『夜ヲ東ニ』などを精力的に発表。
そして、2018年4月13日(金)『LOTUS-ロータス-』配信に至る。
『LOTUS-ロータス-』5ブロック詳細考察
それでは早速、『LOTUS-ロータス-』本編をプロットの構造的に5ブロックまで分解し、1ブロックずつ考察していきたいと思う。
因みに、WEBサイト版では見開き(向かい合う2ページ1組)で閲覧できるようになっている為、見開き単位での解説となる。
「次ページ」と記述したら、見開きの左ページを指し、
「ページをめくる」と記述したら、次の見開きの右ページを指す。
あらすじ
何もない部屋で独り佇む科学者のユポ。実験中の事故により、脳以外全て機械となった彼は、この残酷で美しい世界で何を想う...。
ストーリーの根幹に関わるような重要な“ネタばれ”は極力避けるが、解説の都合上、“掠る”可能性は十分あり得るため、慎重を期す漫画を鑑賞前の読者諸賢は念の為、事前に読了しておくことをお勧めする。
冒頭のリンクから閲覧可能。
第1ブロック:何もない部屋であなたはずっと独りきり
第1ブロックは、P1~P4までの、4ページ。
何もない無機質で殺風景な部屋から物語は始まる。
この部屋には“生活感”がまるでないが、
そんな何もない部屋の中心に、なぜか“鉢植えの植物”。
そして、その鉢植えに対面して座っている謎の男。
顔は見えない。
ページをめくると、扉絵とタイトル。
タイトル(LOTUS)から、この鉢植えの植物が、“ハス(Nelumbo nucifera)”だと判明。
その蓮が
「わたしの言葉があなたに届けばいいのに」
©アンギャマン/集英社
と男に語りかける。
次ページでスマートフォンらしき端末のタイマーが作動し「Pi Pi Pi Pi」と時を告げる。
蓮のセリフからどこかへ出かける時間らしい。
ページをめくると、不気味に並ぶ“フェイスマスク”。
それを手に取ると「ガポ」と頭部へ装着し、よく揉み解しながら馴染ませると、
蓮に見送られながら外出するユポ(ここでこの男がユポだと判明)。
ここまでが第1ブロックである。
生活感のない部屋で孤独に時を過ごす男と、その男の内面を語る蓮。
機械の身体に人工物の“顔(マスク)”をハメなければ外出、つまり人前に出ることが憚れるこの状況。
この先、悲観的な展開しか待ち受けていなそうだが、果たして…
何はともあれ、タイトルにもなっている“蓮”がこの作品のキーポイントになってくるのは間違いないであろう。
第2ブロック:ユポさんはロボットじゃない
第2ブロックは、P5~P9までの、5ページ。
ドアを開け、部屋から一歩出ると瓦礫が散乱し、廃墟のような建物。
(ユポはなぜこのような場所に住んでいるのだろうか…。)
そんな色味のない世界に、花だけが鮮やかに世界を彩る。
花を尻目に移動を続けるユポに、横から「いらっしゃいませ~」と呼び止める女の声。
ページをめくると、花屋の店員が「贈り物にお花はどうか?」と営業してくる。
すると、第一声を絞り出すのに難渋しながら
「用がありますので帰りにまた来ます」
©アンギャマン/集英社
と、ユポが応答。
「奇妙なモノを見る目」
「あなたは怒らない」
「確かに傷付いていても」©アンギャマン/集英社
と、ナレーションが入る。
次ページで怪訝な顔をしている女店員の所へ、花屋の店長が登場し、
「どうしたのか?」と問う。
すると女店員は、
「なんていうか…」
「見た感じロボットだと思って話しかけたら なんか違う感じで…」
「でも合成声帯だったし」
「動き方もまるっきりロボットだったんですけど…」©アンギャマン/集英社
と、答え、訝し気な顔をしていた理由を吐露する。
このセリフにより、この世界では二足歩行型の人型ロボット(アンドロイド)が一般的に広く認知されており、人間の日常生活にもロボットが自然に解け込んでいることがわかる。
それを聞いた店長は「しまった」という顔をしながら、そのお客は「“ユポさん”だ」と答え、
ページをめくると、店長の証言により、ユポの過去の一端が明らかとなる。
「ユポさんはロボットじゃない 人間だよ」
「結構有名な科学者だったらしい」
「でも何年か前 何か…実験中の事故にあったらしくてね」「体を脳以外全部 機械に入れ替えて やっと助かったそうだ」
©アンギャマン/集英社
女店員と店長の会話から、完全な機械であるロボットは一般的だが、
体を機械に改造されたサイボーグ(中身は人間)についてはあまり一般的ではないようだ。
この対比は否が応でも哲学的なテーマを含んでくる。
- 人間の容姿を模していて、外見は人間だが、心は持たないロボット
- 体を機械に改造され、外見はロボットだが、心は持っているサイボーグ(中身は人間)
この二つは多くの場合、外見上の区別がつかない。
今回の作品でも“人間であるユポ”が、“ロボットと間違われる”シーンが繰り返し登場し、強調される。
これは人体を機械へ入れ替えていく過程で、どの程度“生体部位”を残せば人間性が保たれ、何を欠如すると“人間性の喪失”に繋がるのかというテーマでもある。
次ページで店長が
「ユポさんはロボットに間違われるのが嫌で」
「ほとんど 出歩かないそうだ」©アンギャマン/集英社
と語り、第1ブロックの、部屋で独りきりの理由の一つが
ロボットに間違われるのが嫌だから
だと確定する。
ここまでが第2ブロックである。
第2ブロックではユポの過去が明らかとなり、“脳以外は全て機械に入れ替えた”という衝撃的な事実と、
ユポにとって“ロボットに間違われる”のは“大きな苦痛”であることが提示される。
第3ブロック:体に異常はなし。…心は?
第3ブロックは、P10~P13までの、4ページ。
花屋からシーンが切り替わり、病院とおぼしき施設で検査を受けた後のシーンのようだ。
女医から「すべて異常なしです」と検査結果を告げられ、ユポは帰り支度を始めている。
帰ろうとするユポに女医が「心理カウンセリング」を勧めてくる。
このシーンのやりとりは、“機械の体”に異常はないが、人体部位を“脳”しか持たないユポに、
そのような状態で“心に異常をきたしてないか”検査が必要だと、医師の立場から判断した結果であろう。
そのまま女医が、所属している心理カウンセラーは優秀だから、一度“対話”してみてほしいと勧めると、
次ページで、
「思考の音声出力は脳への負担が大きいので 口答でのカウンセリングでしたら結構です」
「メールでの精神傾向テストにもパスしていますので」©アンギャマン/集英社
と、心理カウンセリングを丁重にお断りする。
ユポにとって思考の音声出力は、脳へかなりの負担を要するようだが、
「それでも わたしには話しかけてくれるのね」
©アンギャマン/集英社
と、ナレーションが入る。
つまり、脳への負担が大きい音声出力を介してでも、“蓮”にだけは声を出して話しかけていることがわかる。
すべてを知る蓮。
ナレーションは続く、
「あなたの苦痛は誰にもわからない」
「わたしは知ってる あなたは強く優しい人」「悲しくない日は ないのに」
「あなたは誰も責めない」
「あの事故ですら」「自分で良かったなんて」
「あなたは本気でそう思ってるのね」©アンギャマン/集英社
ここまでが、第3ブロック。
第3ブロックでは、機械の体となってしまったユポの“心の状態”にスポットをあてるブロック。
生身の肉体と違い、機械の体では“温かさ”も“冷たさ”も、“味”も“匂い”も“痛み”も“肌触り”も何も感じない。
外を歩けばロボットと間違われ、周囲の人々からは「奇妙なモノを見る目」に晒される。
普通なら精神がおかしくなっても不思議ではない。
病院の検査で“体に異常はなし”との事だが、心はどうなのか?
すべてを知る蓮は語る。
ユポは強く優しい人だと。
そう、機械の体となってしまった“今”でも変わらずユポは“強くて優しい人”なのだ。
第4ブロック:「ありがとうロボットさん」
第4ブロックは、P14~P21までの、8ページ。
ページをめくると、
突然、爆発音が辺りに響き渡り、マンションの一室から“火の手”が上がっている。
火事だ。
混乱する雑踏。
ユポからは特に動揺した様子は窺えないが、
火の海から“子供の泣き叫ぶ声”を聞き取ると、一転、即座に助けに向かうユポ。
実験中の事故の時も、今回の火災時も、自らの危険は顧みず、他者を命懸けで助けるという、
利他的行動をとれるのが、ユポの“強く優しい”部分である。
ページをめくると、
燃え盛る火の海をかきわけ、逃げ遅れた子供を探索するユポ。
体中、火に包まれ、文字通り燃えながら人命救助に向かえるのは
機械の体ならではといえる。
次ページ、屋外のシーン。
理性を失い、わめき散らし、錯乱状態の母親らしき人物。
子供を助けるため、無謀にも火の中に飛び込もうとしているところを
周囲の人々に取り押さえられている。
そこへ、
ページをめくると、大ゴマで、子供を抱きかかえながら、救出から無事に帰還したユポのアップ。
その姿はフェイスマスクや服が焼けただれ、機械部位が露わとなっている。
次ページで、母子感動の再会を果たし、ユポはいまだ燃え盛る体についた火を“消火器”で消してくれと要望。
ページをめくると、
消火器で消火してもらいながら、周囲の人々から称賛されるユポ。
火の海から命懸けで子供を助け出した英雄に、
拍手喝采だ。
しかし、無情にもその称賛の声がユポを傷つける。
「良くやったな ロボット!」
©アンギャマン/集英社
そして、助けた子供にも、
「ありがとう ロボットさん」
©アンギャマン/集英社
ここまでが第4ブロックである。
第4ブロックを一言で表すと、“報われない善行”である。
研究所の人や、花屋の店長など、一部の人を除き、ユポが“人間”だと知る者は少ない。
脳以外すべて機械となったユポと、一般的なロボットでは外見上の差がないため、ほとんどの人々はユポをロボットだと識別する。
せっかく、命懸けで子供を助けても、その善行は報われることなく、
ユポを傷つけるのだ。
第5ブロック:大きく開花した蓮の花
第5ブロックは、P22~P26までの、5ページ。
火事の騒動から、一段落ついたユポは、雑踏の中、帰路につく。
体中ズタボロとなった容姿に冷たい視線を感じつつ、
ナレーションが流れだす。
「あなたの悲しみはだれにもわからない」
「あなたはつよく優しい人」
「あなたはだれも責めない」「世界が何度 あなたを傷つけても」
「あなたは世界を呪わない」
©アンギャマン/集英社
実験中の事故を境に人生が一変してしまったであろうユポ。
多くを失ったユポであったが、今も変わらず“強く優しい心”を持ち続けている。
だからたとえ、世界に何度、傷つけられても
誰も責めないし、呪わない。
ナレーションは続く、
「つよく」
「優しく」
「気高く」
「美しい」
「あなたはわたしにそう言った」©アンギャマン/集英社
火事の騒動からだいぶ時間が経過したのだろうか、
崩れかけの壁面が茜色に染まっている。
そして、家路についたユポが自宅の扉を開けると、
作中で唯一、“ユポの表情”が変わるシーン。※事故後のユポ
目を見開き、何かに驚いているようだ。
ユポの視線の先には
「それは全て あなたの事だと わたしは知ってるわ」
©アンギャマン/集英社
大きく開花した蓮の花。
ページをめくると、
「泣いていいよユポ」
「わたしはあなたを愛している」©アンギャマン/集英社
声を上げて泣き崩れるユポ。
ここまでが第5ブロックである。
それまで無表情で感情を表に出さなかったユポが、第5ブロックでは表情を変え、
声を上げて泣き崩れる。
これは“どういった種類の感情”なのだろうか?
ヒントは蓮の花が握っている。
ハスは、水底の土中に塊茎をつくり、そこから葉と花茎を水面に伸ばす水生植物です。
上記のような蓮の特徴は様々な“メタファー”として宗教にも取り入れられている。
蓮の花は泥の中に根をはり、その泥で穢れることなく(撥水作用によるロータス効果)、やがて地上へ綺麗な花を咲かせる。
仏教の世界で“泥”は、
現世の「“苦しみ”」や「“悲しみ”」、「“不安”」や「“恐怖”」、「“怒り”」や「“嫉妬”」など、
“煩悩”の象徴だ。
そのような辛く苦しい人生という“泥”の中から咲いた“蓮の花”は、
“悟り”そのものだとは言えないだろうか。
ユポの人生は決して平坦ではない。
大きな事故で脳以外のすべてを失い、“異形の姿”となってしまってからは偏見の目で見られる日々。
その姿のせいで、善行をおこなっても報われることはない。
それでもユポは“つよく優しい心”を持ち続け、“不撓不屈”の精神で自分の人生を受け入れている。
だから、傷つくことが分かっていても、火事で逃げ遅れた子供がいれば迷わず助ける。
そして、この日は子供を助けた帰りに、蓮の花が開花した。
これは“一蓮托生”の語源にもなっている、善行を行なった者は死後に極楽浄土に往生し、
同じ蓮の花の上に身を託し“生まれ変わる”という思想があるが、
第1ブロックの蓮の言葉を思い出してほしい、
「わたしの言葉があなたに届けばいいのに」
©アンギャマン/集英社
残念ながら蓮の言葉はユポには届かないが、
花を咲かせることで“思い”はユポに届けられたのだ。
どんなに辛く苦しい目に遭ったとしても、
止まない雨がないように、その先には“悟り”が待っている。
“泥”は濃いほど、その後に咲く蓮の花は、
「つよく」「優しく」
「気高く」「美しい」
総括
この手の作品は、ボ~っとした軽い気持ちの“流し読み”では、
“本質”まで辿り着けない。
エンターテインメント性の低さや淡白な演出は、深く踏み込む前に“難解”という烙印を押され、離脱を招く。
だが、よく練られたプロットの構成は非常に巧みで、キャラクターの造形もページ数以上に深く描かれている。
噛めば噛むほど“味が出る”、スルメのような作品だと言えよう。
噛み倒して“味の向こう側”へ行った時、この作品と出会えたことの喜びに気付くはずだ。